東京高等裁判所 平成10年(ネ)2750号 判決 2000年2月09日
控訴人・被控訴人(以下「一審原告」という。) ニコラス・ディー・カーナー
右訴訟代理人弁護士 佐藤泉
同 中川康生
被控訴人・控訴人(以下「一審被告」という。) グローバル・シルバーホーク株式会社
右代表者代表取締役 ランス・ビー・アレン
右訴訟代理人弁護士 園山俊二
被控訴人 日本火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 松澤建
右訴訟代理人弁護士 岡部博記
同 山口修司
同 相澤貞止
同 戸塚健彦
主文
一 一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
1 一審被告及び被控訴人は、各自、一審原告に対し、金九六四二万二四〇〇円及びこれに対する平成五年三月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 一審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
二 一審被告の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを一〇分し、その一を一審原告の、その余を一審被告及び被控訴人の各負担とする。
四 この判決は、一1に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(一審原告の控訴につき)
一 一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
2 一審被告及び被控訴人は、連帯して、一審原告に対し、一億〇九四二万二四〇〇円及び内金九六四二万二四〇〇円に対する平成五年三月八日から、内金一三〇〇万円に対する平成六年一月一二日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、一審被告及び被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 一審被告
本件控訴を棄却する。
三 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、一審原告の負担とする。
(一審被告の控訴につき)
一 一審被告
1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の一審被告に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、一審原告の負担とする。
二 一審原告
本件控訴を棄却する。
第二当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり訂正し、又は付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
一 原判決二五頁九行目の「ついて」を「について」と改める。
二 原判決二九頁一〇行目の「甲四三」を「甲四五」と改める。
三 原判決三九頁七行目の「荷送人に」を「荷送人により」と改める。
四 原判決四〇頁五行目の「二項には」を「二項は」と改める。
五 原判決四一頁一一行目末尾の次に「このことは、次の事情から明らかである。
(1) 一審原告は、一審被告と交渉した結果、自ら保険料を負担して一審被告に対して本件保険契約の手配を依頼した。
(2) 本件事故発生の数週間後又は約一四日後に被控訴人の現地代理店から連絡があった以降、一審原告は、主体的に、被控訴人に対し、保険金請求手続を執っている。
(3) 一審原告は、平成五年三月八日付けファックス(甲四)で形式的には一審被告に八〇万米ドルの損害賠償を請求しているが、これは、被控訴人代理店の勧めにより、保険金支払後の代位求償権保全の目的で、本件運送に関わったすべての者に対して出状されたものであり、一審被告に対する請求としては、一審原告の米国における代理人シャデックからの同年五月一三日付け書簡(乙一)によるものが最初であり、その時期は、被控訴人に対する保険金請求に関して種々の問題が発生し始めた時期であり、しかも、その書簡は、保険金請求をするがごとき論調にとどまるものである。
(4) 右書簡の時期とほぼ同時期の同月一〇日付けの一審原告からのファックス(乙一六)においても、一審原告は、一審被告に損害賠償請求をするという姿勢は全く見せず、むしろ、一審原告自身による被控訴人に対する保険金請求手続につき一審被告の協力を求めている。
(5) 一審被告は、保険契約の当事者として本件保険を手配した。しかも、これは、運送人である一審被告が荷主である一審原告の委託を受けて行ったものである。
(6) 以上の事情があるときは、他に特別の事情がない限り、荷主は少なくとも第一次的には保険金求償により損害を填補するという了解があるのが通常である。一審原告も、そのような認識があるからこそ、本件事故直後から、積極的に自ら多数の不実文書を収集してこれを被控訴人に提出するなどの懸命の努力をしていたのである。」を加える。
六 原判決四二頁二行目の「認識していた」の次に「(このことは、一審原告が平成五年六月に一審原告宅を訪れたペレイラ及びマルーフに対して禁制法について読んだことがあると認めたこと、イラン取引規則についてはニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、ロサンゼルス・タイムズ紙、サンディエゴ・ユニオン・トリビューン紙等の多くの新聞雑誌に掲載されていたものであること、一審原告と親密な関係にあり、本件絨毯及び本件絨毯目録記載の絨毯のほとんど全部の売主であるナセルもイラン取引規則の存在を知っていたことから、明らかである。)」を、同一一行目の次に行を改めて
「(四) 後記争点9についての一審被告の主張のとおり、本件絨毯目録記載の絨毯を日本から米国に輸入した一審原告の行為は、米国法上違法であり、本件運送契約も公序良俗に反して無効であり、仮に本件運送契約が有効であるとしても、一審被告が一審原告に対して本訴請求に係る賠償金を支払うと、結果的に違法な行為を助長して積極的に違法な行為を作出することになり、また、刑事訴追の対象となる可能性がある。」
をそれぞれ加える。
七 原判決四三頁二行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「 一審原告は、高価な美術品を含む一審原告所有の運送品について、安全かつ合法的に米国に運送するよう頼んだのであり、一審被告は、運送品の詳細について通告を受けて、この運送を引き受けたのである。損害賠償責任を限定するような合意をするはずがないし、その証拠もない。
一審原告は、イラン製絨毯についてはその産地の都市名を明記して運送を依頼したのであり、知る限りのすべての情報を一審被告に提供した。一審被告は、運送の専門家として、公知の事実を知り又は調査して知るべきである。専門家でない一審原告に対して、知らない法令を調査する義務まで課すことはできない。」
八 原判決四四頁八行目の「要求されて」から同九行目の「)、」までを「要求され(一九〇六年英国海上保険法四一条。甲四〇の2)、航海事業が違法である場合は保険会社に填補責任がないとされている。英国において権威のあるアーノルドの「海上保険と海損法」(一九八一年版。丙一三の4)によれば、航海事業の違法性を考慮する場合、英国法(法廷地法)だけでなく「契約の準拠法や契約の履行地の法律に違反した場合、その契約は無効になる」という原則が確立されている。この原則は、英国の最高裁にあたる貴族院のレガゾーニ対セシア事件判決(一九五八年判決。丙一三の5)に基づいて得られている英国での法解釈である。英国の裁判所は、友好国においてその国の法律に違反する行為を伴うような契約及び同じくかかる違法の原契約に基づく保険契約等の付随契約を実行しようとする当事者を援助しない。そして、本件保険契約の有効性を英国法に基づいて日本で判断しても、法廷地法である日本法だけでなく、契約の準拠法や契約履行地の法律である米国法に違反する場合も航海は違法であるという結論になるのである。」と改める。
九 原判決四五頁二行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「 一審原告は、日本において、保険契約自体の有効性と航海事業の適法性については日本法に準拠すると解されていて、日本法の解釈上、保険契約の適法性について、外国における違法性は保険契約の適法性に影響を与えないというのが通説であり、「英法においても外国の関税法に違反する行為は問題とするに足りないとされていて、外国において密貿易を行おうとする船舶又はその積荷の保険契約は、わが国法上有効である」旨の学説があると主張するが、右主張は、いずれも争う。
右の学説は、英国の古い判例(一七八〇年のレベル対フレッチャー事件)を基にしての著述であり、前記一九五八年のレガゾーニ対セシア事件判決で判例が変更された後では妥当しない。また、日本法の解釈においても、「被保険利益は適法なものでなければならない。契約の目的が公序良俗に反する場合、契約自体が無効とされる。……従って、密輸品や禁制品についての利益あるいは賭博の勝敗についての利益等に関する保険契約等は、当事者の善意・悪意を問わず無効である。」(西島梅治「保険法(新版)」一四〇頁。丙二五)と述べられていて、貨物の到着地に当該貨物を持ち込むことが当初から違法であるにもかかわらず、保険契約締結地又は法廷地の法律にそのような禁輸法がないからといって、法廷地法が外国法を無視してそのような契約を有効としなければならないというのは、昨今の取引が国際化している情勢の下では法常識に反する。イラン取引規則の制定趣旨は、テロリズムに対抗するというものであり、恒久平和を希求する日本国憲法の趣旨にも合致する。また、貨物到着地の法律に違反する密輸品につき締結された貨物保険を有効とすることは、密輸を容易にし、かつ、助長することになるが、そのようなことは、現在の国際関係の中で、国際間の協調と平和を求める日本の公序に反するものである。結局、航海事業の違法性又は被保険利益の違法については、日本法によったとしても、英国法を適用した場合と同一の結論になる。」
一〇 原判決四六頁八行目の「基づき、」の次に「ロサンジェルスにおいて」を、同九行目の「可能性がある」の次に「(同規則の構成要件部分は、もし被控訴人が一審原告の運送が法律違反であると知りつつその請求に応じて保険金を支払った場合に、この被控訴人の行為を包含するに十分なほど漠然とした広い意味の言葉を用いているのであるから、被控訴人が刑事訴追を受ける可能性を否定することはできない。)」をそれぞれ加える。
一一 原判決四七頁八行目の次に行を改めて
「(六) 一審原告は、米国に住む米国人であり、被控訴人は、米国においても営業免許を取得して営業している国際企業である。このような場合、たまたま契約締結地であり法廷地である日本において、イラン取引規則のような法律がないとしても、契約履行地の法律に反する本件保険契約の履行は、国際的視野を重んずる日本の公序に反することになり、判決で強制することはできない。もし、本件保険契約の履行を日本の裁判所が判決で強制すれば、本件保険契約は、米国では無効、日本で有効という跛行契約ということになり、国際契約・国際取引に混乱を来すこと必定である。
(七) 一審原告は、英国海上保険法上本件運送が違法であることについて一審原告に告知義務がないと主張するが、右主張は、争う。
同法一八条一項は、「被保険者は、自己の知っている一切の重要な事情を契約締結前に保険者に告知しなければならない。被保険者は、通常の業務上当然に知っているべき一切の事情についてはこれを知っているものとみなされる。被保険者がかかる告知をすることを怠るときは、保険者はその契約を取り消すことができる。」と規定している。
また、同法一八条三項bは、被保険者は、保険者が知っているか又は知っていると推定される一切の事情は、質問がない限り告知することを要しないとし、また、保険者は、周知の事項及び保険者が通常の業務上当然知っているべき事項については、これを知っているものと推定されると規定している。しかし、これは当然のことを規定しているものであり、保険者がその事実を知ったならば保険契約の締結を拒絶したか又は少なくとも同一条件では契約を締結しないであろうと客観的に考えられる事情(日本法においては商法六四四条にいう重要な事実・事項に当たる。)については、被保険者に告知義務がある。
英国海上保険法四一条は、「保険に付された航海事業が適法な航海事業であり、かつ、被保険者が事態を支配できる限り、その航海事業が適法な方法で遂行されなければならないという黙示担保がある。」と定め、保険対象航海が適法であることは、被保険者が黙示に担保していることになっている。これは、保険会社は、大量の保険の申込みを日常的に迅速に引き受けて処理しているため、被保険利益が違法であるか、あるいは航海そのものが世界中の法律に反しないかどうかをいちいち調査した上で引き受けるかどうかを判断しなければならないとすると、実質上保険契約を締結することができなくなるからである。右規定があるため、保険会社は、保険対象航海が適法なものであることを前提に保険を引き受けるのである。
本件絨毯の米国への運送がイラン取引規則に違反する事実(高度の違法である。)は、いかなる保険者であっても告知を受ければ保険の引受けを拒絶すると思われる重大な事実に該当するから、被控訴人において右事実を確認した上で保険金の支払を拒絶するのは当然のことであり、控訴人の右主張は、理由がない。」
を加え、同一〇行目の「原告と」を「(一) 一審原告と」と、同一一行目の「に基づいて」から同四八頁一行目から同二行目にかけての「争う」までを「による」とそれぞれ改める。
一二 原判決四八頁三行目の「により」の次に「、結果的に」を、同行目の次に行を改めて次のとおりそれぞれ加える。
「(二) 本件運送契約は、公序良俗に反し、無効である。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件絨毯目録記載の絨毯を日本から米国に輸入することは、イラン取引規則二〇一条に違反する違法な行為であり、その主体は、一審原告である。
(2) イラン取引規則二〇二条は、「何人も、本編の禁止規定に従う物品又はサービスに関して、本編のいかなる規則、命令又は本編若しくはThe Act(法)の五〇五条に従って発せられた許可の違反が起きた、若しくはこれから起きる、若しくはこれから起きる予定であることを知りながら又は知る理由がありながら、当該物品又はサービスの一部又は全体について、注文、購入、仲介又は促進の行為、受取り、隠匿、保管、使用、販売、賃貸、廃棄、移転、輸送、財政的支援、助成、その他サービスの提供を行ってはならない。」としており、本件運送契約の締結、本件運送契約に基づく運送債務の履行及び当該運送債務の不履行に基づく賠償金の支払は、いずれも右規定の「移転、輸送、財政的支援、助成、その他サービスの提供」のいずれか又はその全部に該当し、同条に違反するものと解される。
また、同規則七〇一条aは、「法律に違反する商品を詐欺的に又は故意に米国内に輸入しあるいは持ち込み、又はそれらの商品が米国法に反して米国内に輸入され若しくは持ち込まれたことを知りながら、その商品を受け取り、秘匿し、購入し、販売し、あるいはいかなる方法により輸送、隠匿及び売買の促進をしたものは、一万米ドル以下の罰金若しくは五年以下の懲役又はその両方が課せられる。」としており、一審被告が本件絨毯目録記載の絨毯が違法に米国に輸入されたことを知った後に一審原告に対して賠償金を支払う行為は、「輸入禁止物品の輸送の促進」に該当するものにほかならず、米国において刑事訴追の対象になる可能性がある。
(3) 本件運送契約が有効であるとすると、右のとおり、結果的に、違法な行為を助長することになり、また、一審被告が賠償金を支払う必要を生じさせて積極的に違法な行為を作出することになる。したがって、本件運送契約は公序良俗に反するものとして無効と解すべきであるし、少なくとも、一審被告において刑事訴追を受ける可能性がある賠償金の支払は、請求できないと考えるべきである。
(三) 本件運送契約は、不能を目的とするものであり、無効である。
(1) 本件運送契約の目的は、本件絨毯目録記載の絨毯を東京から米国カリフォルニア州の原告転居先に場所的に移動し当該絨毯を日本から米国に輸入することであるが、この目的は、米国法上違法である。このような目的は法律上許されないが故に法律的に不能であり、したがって、本件運送契約は不能を目的とする法律行為であり、当然に無効である。
(2) 一審原告が本件絨毯目録記載の絨毯を日本から米国へ輸入することは絶対的に違法なのではなく、特別許可を取得することにより合法的に輸入することができるから、必ずしも法律的不能とはいえないという疑問が生じるかもしれないが、本件においては、一審原告は、右の特別許可を取得することはおよそ不可能であったと解されるから、法律的不能であることに変わりはない。」
一三 原判決五〇頁八行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「(5) 本件保険契約における保険証券(丙三の1、四の1)の表面には、「本保険は、一切の填補請求に対する責任及びその決済に関して、イギリスの法律及び慣習によることを了解し、かつ、約束する。」と記載されている。この準拠法規定は、填補請求に対する責任及びその決済に関してのみに限定されているものであり、保険契約自体の有効性と航海事業の適法性については日本法に準拠すると解されている。そして、日本法の解釈上、保険契約の適法性について、外国法における違法性は保険契約の適法性に影響を与えないというのが通説(例えば、葛城照三「一九八一年版英文積荷保険証券論」一二五頁(甲六〇)など)である。なお、「英法にあっても外国の関税法に違反する行為は問題とするに足りないとされている。であるから外国において密貿易を行わんとする船舶または積荷の保険契約は、わが国法上有効である」旨の学説(加藤由作「海上危険新論」一九頁。甲六一)がある。
(6) 被保険利益は、保険契約自体の有効性の問題であり、それについては日本法が準拠法となるのであり、そうすると、保険契約締結の時点において日本の公序良俗に違反するような違法性があるかどうかが問題にされるべきである。また、航海事業の適法性についても、保険契約締結の時点において日本の法律に照らして航海事業が違法であるかどうかが判断されるべきである。そして、日本法においては、米国のイラン取引規則に反するか否かは、本件保険契約の対象となる航海事業の適法性に何の影響も与えない。イラン製絨毯を引越荷物として運送することが日本の公序良俗に反するとは到底考えられず、被保険利益が否定されることはあり得ない。このことは、イラン取引規則がイラン製絨毯の米国への輸入を全面的に禁止するものではなく、同規則の立法趣旨に照らし、一定の要件を備えた場合には許可を取得して輸入を認めていること(本件においても、本件保険契約締結時点では許可を取得する可能性があった。)、同規則の処罰規定は刑事罰の前提として故意を要求しているところ、有効に成立している保険契約に基づく保険金を支払う行為に犯罪を助長する故意があると判断されることはあり得ないこと、後記(三)の事前開示手続における米国当局の回答により、イラン製絨毯の輸入について一審原告に対する刑事訴追が事実上あり得ないことが確定しており、したがって、本件保険金の請求及び支払についての刑事訴追が事実上あり得ないことが当然のごとく確定していること等からも、明らかである。」
一四 原判決五一頁一〇行目の次に行を改めて
「(四) 被控訴人がイラン取引規則違反を主張するのは、詐欺的行為であり、信義則に反し、主張自体許されない。
(1) 被控訴人は、慎重な保険会社として適切に振る舞う義務があり、通常の業務上当然知っているべき一切の事情についてはこれを知っているものとみなされる(一九〇六年英国海上保険法一八条一項)。そして、保険者は、周知の事項及び保険者が通常の業務上当然知っているべき事項については、これを知っているものと推定され、被保険者はこれを告知する義務を負わない(同条三項b)。イラン取引規則は、法令集及び刊行物等において広く周知されている事項であり、被控訴人が業務上当然に知っているべき事項である。
(2) 一審原告は、本件保険契約申込みの段階で詳細な運送品リスト(乙九)を提出しており、本件絨毯についても各絨毯の産地、サイズ、価格を明示して告知した。被控訴人は、本件運送品の中にイラン製絨毯があることを告知され、イラン取引規則の存在を知りながら(あるいは慎重な保険会社として当然知っているべき外国法令についての調査をして契約締結を拒絶する機会がありながら)、本件保険契約の申込みを承諾したのである。その上で、事故発生後に保険金支払を拒絶するのはまさに詐欺である。事故が発生しなければ保険料を受け取ったまま収入にするのに、事故が起きたときに告知された事実に基づいて保険契約の無効を主張することは、許されない。」を加え、同一一行目の「(四)」を「(五)」と改め、同行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「 本件運送契約の有効性についての準拠法は日本法である。日本法において、個人の家財道具である絨毯を引越荷物として米国に運送する契約が公序良俗に反するということはあり得ない。また、それが不能であるということもあり得ない。現に紛失した絨毯以外の二一枚の絨毯は、現在原告転居先で使用されていて、米国当局は、右絨毯についてイラン取引規則に基づく何らの公権力の行使もするつもりがないと文書で確約しているのである。運送契約に基づいて運送品として預かったものを運送人が紛失しても構わないし、損害賠償義務も負わないということが許されるはずがない。」
一五 原判決五三頁五行目の「に基づいて」から同六行目の「負う」までを「による」と改め、同八行目の「により」の次に「、結果的に」を加える。
第三証拠《省略》
理由
一 当裁判所は、一審原告の本件各請求は、主文一1において認容の限度で理由があり、これを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決五九頁六行目の「三五」の次に「の1、2」を、同七行目の「四七」の次に「、四九」をそれぞれ加える。
2 原判決六一頁八行目の「産地名」の次に「(都市名であり、それがイラン国内の都市であることまでは表示されていない。)」を加える。
3 原判決六二頁五行目の「契約」を「本件運送契約」と、同行目の「本件運送品目録」を「右運送品目録」とそれぞれ改める。
4 原判決六三頁九行目の「二月」の次に「四日、グレーベルの倉庫において、次いで翌」を加える。
5 原判決六九頁一行目及び同三行目の各「」」の次にいずれも「又は「RUGS」」を加える。
6 原判決七二頁八行目から同九行目にかけての「認められ」を「認められる」と改める。
7 原判決七五頁九行目末尾の次に「一審被告は、本件事故によって紛失した絨毯が家財道具目録(甲二二)の二頁の四四番ないし四六番、三頁の二四番及び五頁の一一番の五枚のうちの四枚であるとの主張を前提として、右五枚の合計重量が三八四ポンドであり(乙二一の2)、右のとおりコンテナの重量が二〇〇ポンド減少していたのであれば、右五枚のうち一枚は一八四ポンドの重量のものであることになるが、そのような絨毯は右家財道具目録中にはないとして、コンナナの重量が二〇〇ポンド減少していたことを争うが、次の(六)においても認定するように本件絨毯の紛失が発見された時の状況が必ずしも明確でなく、一審被告の主張する右五枚の絨毯のうちの四枚が紛失した本件絨毯であると特定することはできないから、一審被告の主張する右事実も、右認定判断を左右するものではない。」を加える。
8 原判決七八頁一〇行目の「乙」の次に「三、」を加える。
9 原判決七九頁五行目の「ウォルター・イー・ロード」を「一審被告の当時の代表取締役ウォルター・ロード」と改める。
10 原判決八一頁六行目の「特定される」から同行目の「記載されて」までを「特定されて」と、同八行目の「及び」を「とともに」とそれぞれ改める。
11 原判決八九頁四行目の「、イラン」から同五行目の「明白であり」までを削り、同六行目の「アラバフの」の次に「国際的な高級絨毯市場における」を加える。
12 原判決一〇三頁一一行目末尾の次に「一審被告は、一審被告が一審原告の委託を受けて本件保険契約締結の手配をしたことや本件事故発生後における一審原告の保険金支払請求にかかる行動等から、特別の事情がない限り、第一次的に保険金支払請求により損害を填補する旨の暗黙の了解があったと認めるべきであると主張するが、一審被告が指摘する右の各事情を考慮しても、右の判断は左右されないというべきである。」を加える。
13 原判決一〇五頁一〇行目の次に行を改めて
「4 一審被告の主張(四)について
後記のとおり、本件運送契約が仮にイラン取引規則に違反するとしても、それによって右契約が無効になるとは解されないし、また、一審被告が本件損害賠償請求に応じたとしても、同規則に基づいて刑事制裁を科されるか否かは不確定であることを考慮すると、一審被告の右主張は、採用することができない。」
を加え、同一一行目の「4」を「5」と改める。
14 原判決一〇六頁三行目の「争点9」の次に「における被控訴人の主張」を加える。
15 原判決一〇七頁一一行目の「取引」から同一〇八頁一行目から同二行目にかけての「認められないもの」までを「そのようなものである場合は、法律上被保険利益が存在しないものとして保険契約そのものが成立当初から無効である」と改める。
16 原判決一〇八頁三行目の「、一〇の1」を削り、同一〇行目の「存在し」の次に「(同規則五六〇・七〇一条は、故意に意図的に米国を欺く目的で、密輸をし、又は送り状で送られるべき商品を申告なしで米国内に持ち込んだ者、……欺罔的に又は故意に、法律に反して、いかなる商品でも米国に輸入し又は持ち込んだ者、法律に反して米国内に輸入され又は持ち込まれたものであることを知りながら、その商品を受け取り、隠匿し、買い、売り、又はいかなる方法であれ、その輸送、隠匿、売買を助長した者は、一万ドル以下の罰金若しくは五年以下の懲役又はその両方に処する、右のようにして米国内に持ち込まれたものは没収する、重大な過失又は過失により、これらの行為をした者は、商品の国内価格又は法定の関税価額の四倍又は二倍の金額(関税査定に影響がない場合は、関税価額の四割又は二割に相当する金額)を超えない金額の民事罰で処罰されると定めている。)」を加える。
17 原判決一〇九頁二行目の「二〇二」を「二〇二条」と、同一一行目から同一一九頁一〇行目までを次のとおりそれぞれ改める。
「認められる。しかし、被控訴人が日本国内において一審原告に対して保険金の支払を命じる判決に基づいて強制執行を受けたとして、それにより米国においてどのような刑事制裁を受けるかについては必ずしも明らかではなく、少なくとも、日本国においては、個人が趣味で蒐集して所有し又は保管しているイラン製絨毯を住居の移転に伴って引越荷物(家財道具)として日本から米国に運送することは何の法律にも違反しないのであり、それがイラン取引規則に反し、一審原告において同規則が定める米国内への持込みについての特別許可を取得することがおよそ不可能であったとしても、同規則は米国の行政上の一時的な規制にすぎず、絨毯は麻薬や武器などの物品それ自体に問題がある通常の禁制品とは異なるものであるから(現に、本件当時の同規則においても五枚までの輸入は一般的に許可されていたし、平成七年五月九日付けの一般許可により、米国に入国する者が所有するイラン製絨毯については原則として米国への輸入が許可されるに至り、本件については、一審原告は、米国外国資産管理局に対し、合衆国法律集一九編一五九二条、連邦行政命令集一九編一六二・七四条に基づく事前開示を行い、米国関税から一審原告の本件絨毯の米国内への持込みに対しては何らの措置も予定していないとの回答を得て、刑事制裁を科されないことが確定している。)、契約を無効としてまで取締りを徹底する必要があるかは疑問の生じるところであり、本件運送契約が公序良俗に反して無効であるということはできず、したがって、本件保険契約の被保険利益が公序良俗に反するものであるということも困難である。そして、右に述べたところからは、本件運送契約及び本件保険契約が履行不能であるということもできない。
被控訴人は、貨物の到着地に当該貨物を持ち込むことが当初から違法であるにもかかわらず、保険契約締結地又は法廷地の法律にそのような禁輸法がないからといって、法廷地法が外国法を無視してそのような契約を有効とすることは、昨今の取引が国際化している情勢の下では法常識に反するし、イラン取引規則の制定趣旨はテロリズムに対抗するというものであり、恒久平和を希求する日本国憲法の趣旨にも合致する、また、貨物到着地の法律に違反する密輸品につき締結された貨物保険を有効とすることは、密輸を容易にし、国際間の協調と平和を求める日本の公序に反するものであると主張する。しかし、貨物の到着地の法律によれば当該貨物を持ち込むことが違法であったとしても、その違法性の程度はさまざまであり、常にそれに関わる契約を無効としなければならないものとは到底解されず、イラン取引規則の制定趣旨が日本国憲法の趣旨に合致するものであっても右のことは同様であり、また、個人が住居地を移転するのに伴ってその家財道具を米国内の住居地に運送する場合にすぎない本件事案において、その貨物につき締結された貨物保険を有効と判断したからといって、それが一般的に密輸を容易にし、かつ、助長することにつながるものとも考えられず、それを無効にしなければ現在の国際関係の中で国際間の協調と平和を求める日本の公序が保たれないとまで断言することもできないというべきである。
3 被控訴人の主張(二)について
被控訴人は、仮に本件保険契約が無効でないとしても、本件保険契約における保険者の填補責任の有無に関しては英国法が準拠法とされていて、一九〇六年英国海上保険法四一条においては、保険に付された航海事業は適法であり、かつ、適法な方法で遂行されることを要求されているところ、本件保険契約の対象である貨物海上運送は、およそ適法な方法で遂行し得ないそれ自体違法な航海事業であるから、保険者である被控訴人は、同法三三条により、右契約に基づく填補責任を負わないと主張する。
本件保険証券の表面には、不動文字で、「本保険は一切の填補請求に対する責任及びその決済に関してイギリスの法律及び慣習によることを了解し、かつ、約束する。」と記載され、その記載に続いて、「(1)捕獲、だ捕、強留、抑止若しくは抑留及びこれらの結果又はこれらの行為を企図した結果を担保しない。さらに、また、宣戦布告があると否とを問わず、敵対行為又は軍事的行動の結果を担保しない。しかし、本免責約款は、交戦国によるか又は交戦国に対して行われた敵対行為によって直接に生じた場合を除き、衝突、固定又は浮流している物体(機雷又は魚雷を除く。)との接触、座礁、荒天又は火災を免責するものではない。この約定にいう「国」にはある国と提携して海軍、陸軍又は空軍を保持する一切の政権を包含するものである。さらに、内乱、革命、謀反、反乱若しくはこれから生じる国内闘争の結果、又は海賊行為を担保しない。(2)次の事由による滅失又は損傷を担保しない。a同盟罷業、作業所封鎖を受けた労働者又は労働騒動、騒擾若しくは暴動に加担した者によって生じたもの。b同盟罷業、作業所封鎖、労働騒動、騒擾又は暴動の結果として生じたもの。」と不動文字で記載されている。
右の記載は、本件保険によって担保される危険について、原則として「一切の填補請求」に対して責任を負うとしつつ、その例外として本件保険によって担保されない危険について明示したものと解される。そして、これを前提として、右の各記載及び保険証券の裏面の免責約款を全体的に観察すると、本件保険証券における問題の「本保険は一切の填補請求に対する責任及びその決済に関してイギリスの法律及び慣習によることを了解し、かつ、約束する。」との前記文言は、本件保険が担保する危険の種類と実体的損害などの填補責任の内容についてイギリスの法律及び慣習によることとしたものであり、それ以外の事項である航海(海上)事業の適法性についてまでイギリス法によることを定めたものではないと解するのが相当である。そうすると、航海事業の適法性については、本件保険契約が公序良俗に反するか否かについての一要素として考慮すれば足りるというべきであり、前示のとおり、日本においては本件運送が法律に触れることはなく、契約の履行地である米国のイラン取引規則には触れるが、必ずしもその違法性が高いとは認められず、現在では刑事制裁を科されないことが確定していること、本件保険事故は、右イラン取引規則に違反することに関係して生じたものではなく、単なる盗難と見られること等を考慮すると、本件保険契約が公序良俗に反するとは認められないというべきである。被控訴人の右主張は、採用しない。
4 なお、被控訴人は、一審原告において本件運送がイラン取引規則に違反する事実を被控訴人に告知する義務があったにもかかわらず、告知しなかったから、被控訴人は本件保険金の支払を拒絶することができるとも主張するが、イラン取引規則違反の法的効果についての判断は、前示のとおりであり、右主張は、採用することができない。」
18 原判決一二〇頁二行目の「を、」から同三行目の「とする」までを「については、本件保険契約による」と改め、同九行目の次に行を改めて
「2 一審被告は、本件運送契約が公序良俗に反して無効であり、また、不能を目的とするものであるから無効であると主張する。しかし、前示のとおり、本件運送契約が公序良俗に反して無効であるとも、また、不能を目的とするものであるともいうことはできないから、右主張は、採用しない。」
を加え、同一〇行目の「2」を「3」と改める。
19 原判決一二一頁二行目の次に行を改めて
「一一 争点10についての被控訴人の主張について
被控訴人は、一審原告が本件保険契約締結の際に過大な評価額を記載した本件絨毯目録を提出した行為や保険金請求の段階で内容が相互に矛盾するような文書や誤解を招くような文書を提出した行為は、本件保険契約に基づく保険者の填補責任の有無に関する準拠法である英国法(一九〇六年英国海上保険法一七条。甲四〇の2)が定める最大善意の原則に反するから、被控訴人は本件保険契約に基づく保険金の支払請求を拒むことができると主張する。
しかし、一審原告が本件絨毯目録に記載した本件絨毯の価額は、前記認定のとおり、過大なものとは認められない。また、一審原告が保険金請求の段階で内容が矛盾した文書や誤解を招くような文書を提出したとの点については、弁論の全趣旨により、一審原告が右のような文書を提出した事実は認められるが、一審原告がこれによって本件絨毯の価額を過大に評価する等して保険金を不正に請求しようとしたものとは認められないことに照らすと、仮に本件保険契約に前記の最大善意の原則が適用されると解したとしても、被控訴人がそれにより本件保険契約の取消しを主張することはできないというべきである。丙一七、二三の1中の右判断に反する部分は、いずれも採用しない。」
を加え、同三行目の「一一」を「一二」と改める。
20 原判決一二二頁三行目の「前記」から同五行目の「以上」までを、「本件全証拠によっても、一審被告が、違法に、本件事故の発生原因を十分に調査せず、又は調査結果を隠匿して一審原告の保険金請求を妨害し、又はイラン取引規則違反の問題について何らの対処もしないで、結果として被控訴人から保険金支払を受けられない状態を黙認したという事実を認めることはできず」と改める。
21 原判決一二四頁二行目の「前記」から同四行目の「以上」までを「被控訴人が本件保険を引き受ける段階及び本件事故発生後の調査段階において一審原告に対して不誠実な態度をとったものとは認められず、本件絨毯の米国への持ち込みがイラン取引規則に反する違法なものであり、本件保険金の支払も同規則に触れる可能性が完全には否定されない以上、被控訴人において必要と考えられる調査をするのは、米国においては米国の法律に従って事業を営まなければならない保険者の事業執行として当然のことであり」と改める。
22 原判決一二五頁五行目の「一二」を「一三」と、同六行目の「対する」を「対して」とそれぞれ改め、同九行目の「限度において」の次に「、被控訴人に対して本件保険契約に基づく右と同額の保険金及びこれに対する本件事故発生の後である右同日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてそれぞれ」を加え、同一〇行目の「被告グローバル」から同一一行目の「請求」までを「その余」と改める。
二 よって、一審原告の控訴に基づき、当裁判所の右判断と一部異なる原判決を主文一のとおり変更し、一審被告の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 加藤謙一 裁判官杉原則彦は、転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 石井健吾)